【訃報】ジャパン・スタッドブック・インターナショナルより発表。1997年カブトヤマ記念、福島記念、1998年小倉記念を制したテイエムオオアラシ(牡33)が、2026年8月2日に死亡。引退後は小倉の誘導馬を経て、鹿児島の「あさひが丘乗馬倶楽部 シュバル」で余生を送っていたとのこと。
>>1
33歳か……大往生だな。1993年生まれだから、ナリタブライアンやマヤノトップガンの一つ下。タイキフォーチュンが去年亡くなってから、平地重賞馬の中では最高齢だったはず。
97年の秋の福島での暴れっぷりは凄かった。カブトヤマ記念(懐かしい響きだ)と福島記念を連勝。あの頃の福島巧者といえばこの馬だったな。
>>3
1997年福島記念の走破時計は2分03秒0(稍重)。時計そのものより、当時の中山・福島で見せた持続的な末脚が持ち味だった。今の超高速馬場だったらまた違った結果だったろうが、あのタフな馬場での安定感は異常だった。
父セクレファスターというのがまた渋い。Secretariatの直子を日本に持ってきたわけで、その血を引く重賞馬として33歳まで生きた事実は、日本におけるSecretariat系の底力というか、頑健さを証明しているようにも思える。
>>5
母フジアザミもまた渋いんだよな。戦績42戦8勝。獲得賞金2億5000万円超。まさに「無事是名馬」を地で行く馬生だった。
テイエム軍団の初期を支えた功労者でもある。オペラオーが出る前の「テイエム」といえば、オオアラシかリキサンだった。竹園オーナーにとっても思い入れは深かっただろうな。
98年の小倉記念も印象深い。当時は中京開催だったが、1番人気に応えてきっちり勝った。あの時のパドックでの落ち着きは、今の誘導馬適性にも繋がっていたと思う。
最後は地元の鹿児島で過ごせてよかったな。「あさひが丘乗馬倶楽部 シュバル」のSNSとかでもたまに見かけていたが、毛艶も良くて本当に愛されていた。
>>4
彼の勝ったレースを見直すと、先行して抜け出す形よりも、中団から長く脚を使う競馬で強みを発揮していた。小回りコースでの捲り気味の進出は、現代の福島2000m攻略の教科書のような立ち回りだ。
>>11
いや、オオアラシは平地一筋だよ。42戦全て平地。障害練習はしてたかもしれないけど、レース記録はないはず。
33歳まで生きる確率は、サラブレッドの中でも数パーセント以下。しかも重賞勝ち馬でこれだけ長生きするのは、引退後のケアが充実していた証拠。日本の引退馬支援のロールモデルと言える。
>>13
誘導馬として小倉競馬場で長年勤め上げたのも大きかった。あそこでファンに顔を売っていたからこそ、その後の預託料支援や関心が続いた側面はあるだろう。
最近はマイネルダビテ(36歳没)やナイスネイチャ(35歳没)みたいに、長寿記録が更新されつつあったけど、テイエムオオアラシもその系譜に名を連ねたな。
こういうニュースを見ると、馬の「頑健性」の指標を血統表からもっと読み取るべきだと思う。テイエムオオアラシのようなタイプは、馬券的には「枯れた」と思われてからもう一伸びするタイプが多い。
>>16
同意。5歳(旧6歳)秋の覚醒は凄まじかったからな。カブトヤマ記念4番人気、福島記念2番人気。当時はまだフロック視されていた部分もあったが、小倉記念で57キロ背負って勝ち切って本物だと証明した。
>>17
その小倉記念の上がり3Fが35.8。当時の良馬場中京としては平凡に見えるが、ペースが厳しかった中での抜け出し。スタミナの絶対量が他とは違っていた。
>>18
そんな馬が誘導馬として初心者の馬を見守っていたと思うと感慨深い。小倉で彼を見て競馬を始めたファンも多いはず。
あさひが丘乗馬倶楽部での写真は、本当に穏やかだったよ。現役時代の猛々しさは消えて、優しいお爺ちゃんという感じだった。
これで存命のJRA平地重賞馬最高齢は誰になるんだ?エイシンサニーあたりか?
>>21
エイシンサニーは1987年生まれだからもう亡くなっているはず。1994年、95年生まれの重賞馬たちが次の最高齢候補になるな。これだけの長寿は本当に稀有な例だ。
2026年8月2日、か。夏の盛りに旅立ったのは、彼らしいのかもしれない。福島や小倉といった夏のローカルで輝いた馬だったから。
今の競馬は高速化しすぎて、馬の寿命を縮めているんじゃないかと不安になることもある。テイエムオオアラシのようなタフな血統が、33歳まで生きた事実は、今の生産界にとっても一つのメッセージになるんじゃないか?
>>24
その通り。スピード偏重の代償として、馬の「生物としての寿命」が削られている可能性はある。テイエムオオアラシが引退後も長く生きたのは、現役時代の消耗が激しすぎなかった、あるいは回復力が異常に高かったということ。
>>25
42戦して大きな故障もなかったからな。引退後のセカンドキャリアを全うできたのは、その身体の強さがあってこそ。馬券を買う側としても、こういう「壊れない強さ」を持つ血統は常にマークしておきたい。
カブトヤマ記念の名前を継承している福島民としては、彼がいなくなるのは寂しい。あの時期の福島開催はテイエムオオアラシを見るためのものだったと言っても過言ではない。
主戦の土屋薫騎手とのコンビも良かった。G1には手が届かなかったが、ローカルの重賞戦線を盛り上げる「いぶし銀」の存在。今の競馬にはああいう個性派が少なくなった気がする。
33歳。人間なら90歳から100歳くらいか。本当に頑張ったな。お疲れ様、オオアラシ。
亡くなる直前まで食欲もあったと聞くし、苦しまずに逝けたのなら何よりだ。管理者の方々の献身的な介護にも敬意を表したい。
こういう功労馬の訃報が出ると、引退馬支援への寄付が増える傾向がある。オオアラシが残した最後の功績になるかもしれないな。
>>31
彼のような「派手すぎない重賞馬」こそ、支援の輪が必要なんだ。オペラオーのような歴史的名馬は勝手に保護されるが、オオアラシのような馬はファンの記憶が生命線だから。
>>32
今回の件で、あらためて彼の現役時代のオッズ推移を見てみたが、福島記念(1997)での2番人気は、前走のカブトヤマ記念1着をフロック視しなかったファンが多かったことを示している。当時のファンはよく見ていたんだな。
>>33
前走の内容が着差(1/2馬身)以上に完勝だったからね。あの時の福島の馬場バイアスを見抜いていれば、自信を持って本命にできたはず。
なんか、一つの時代が終わった感じがする。33年。長いような短いような。
>>9
あさひが丘乗馬倶楽部には他にも功労馬がいるけど、オオアラシは別格の存在感だった。明日、近くを通るから手を合わせてくるよ。
最後に勝ったのが小倉記念。そして最期を過ごしたのが鹿児島。九州に縁のある馬だったんだな、本当に。
>>37
テイエムの冠名の竹園正繼オーナーが鹿児島出身だからね。テイエム牧場も鹿児島にあるし。まさに九州競馬の象徴の一つ。
誘導馬時代の彼を小倉で見た子供たちが、今では立派な大人になって馬券を買っている。競馬のサイクルの中に、彼は確実に刻まれている。
1993年生まれのJRA重賞勝ち馬で、2026年まで生存していたのは奇跡に近い。同期のダンスインザダーク(2020年没)やイシノサンデー(2024年没)よりも長く生きたことになる。
>>40
イシノサンデーも長生きだったけど、オオアラシがさらに上を行ったか。4歳(現3歳)時はクラシック戦線に絡めなかった馬が、古馬になってこれだけタフに走り、30年以上生きる。勇気をもらえる話だ。
これからお盆の時期だし、小倉や福島のレースの時には彼のことを思い出しそうだな。
今の福島記念はハンデ戦で波乱のイメージが強いが、オオアラシの時代もそうだった。55キロで勝って、翌年は58キロで大敗……。重賞の厳しさと、その中での輝きを教えてくれた馬だった。
ジャパン・スタッドブックの死亡情報、確認した。2026年8月2日。間違いなく、この国の競馬史にその名を刻んで逝った。
誘導馬時代の動画を見直してるけど、本当に誇らしげに先頭を歩いてるんだよな。寂しくなるね。
結論として、テイエムオオアラシの33歳という馬生は、単なる長寿記録以上の意味を持つ。頑健な血統、無理のないローテーション、そして引退後の献身的なケア。これらが揃えば、馬はこれほどまでに長く生き、ファンを勇気づけられるという最高の実例だ。
>>46
その通りだね。今後の競馬界も、スピードだけでなく、こうした「タフさ」を再評価する流れになってほしい。オオアラシのような名脇役こそが、競馬という文化の厚みを作っているのだから。
次の「存命最高齢重賞馬」の発表を待つことになるが、オオアラシの33歳という壁はなかなか高いだろう。
>>48
ナイスネイチャの35歳に迫る勢いだったけど、十分すぎるほど頑張った。安らかに眠ってほしい。
みんな議論ありがとう。テイエムオオアラシ、本当にお疲れ様。あなたの走りと、穏やかな余生は忘れません。合掌。
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