1998年の青葉賞(GIII)を制したタヤスアゲイン(牡、父サンデーサイレンス)が、2026年9月7日に死亡したことがジャパン・スタッドブック・インターナショナルより発表されました。31歳という大往生でした。北海道新ひだか町の西川富岡牧場分場で余生を過ごしていたとのことです。
>>1
31歳か……。サンデーサイレンス初期の産駒としては驚異的な長寿だな。父サンデー、母タヤスブルーム(母父Caerleon)という血統は、当時の山内研二厩舎らしい非常に筋の通った配合だった。
1998年の青葉賞は印象深い。柴田善臣騎手を背に、外から力強く突き抜けたんだ。あの年のダービーはスペシャルウィークが勝った年だが、この馬もその一角を担う存在だった。
>>3
1998年の青葉賞の勝ちタイムは2分26秒1。当時の東京の馬場コンディションを考えれば及第点の指数は出ていた。ただ、ダービーではハイペースに巻き込まれて8着。能力は間違いなく重賞級だったね。
サンデー産駒で31歳まで生きた馬って他にいたか? スペシャルウィークやダンスインザダークよりも長く生きたことになる。頑健な体質は母系のCaerleonから来ていたのかもしれない。
>>5
サンデー産駒の最長寿記録に近いんじゃないか。ビッグテーストやサイレントハンターが30歳まで生きて話題になったが、31歳は本当に立派。牧場の方々のケアが素晴らしかったんだろう。
山内厩舎といえば多頭出しと使い倒しのイメージがあるけど、タヤスアゲインは14戦5勝。意外と大事に使われていたんだな。
>>7
いや、当時は4歳(現3歳)春までに7戦してるから、それなりにハードだよ。ただ、5歳以降は故障もあって休み休みだった。それが結果的に長生きに繋がったのかもね。
青葉賞の時は4番人気だったかな。ヨシトミさんが完璧に乗った。あの頃のサンデー産駒は「走る」という確信がファンの中にも醸成されつつある時期だった。
Caerleonの血が入ったサンデー産駒は、欧州的なスタミナと日本のスピードが融合して、2400m前後で強さを発揮した。タヤスアゲインはその典型例の一つだね。
サンデーサイレンスが導入されて、日本の競馬がガラッと変わった象徴的な世代の一頭。31年という時間は、まさに日本競馬がサンデー一色に染まり、さらにその先へ進んだ歴史そのもの。
タヤスアゲインの死亡は一つの時代の区切り。31歳まで健康でいられたのは、サンデー血統が実は頑健さも持ち合わせていた証左だろう。現代のダービー戦線にも、このスタミナと生命力は受け継がれている。
>>12
確かに。Caerleonの母父としての優秀さはディープインパクト(母父AlzaoでCaerleonの近親)にも通じるものがある。タヤスアゲインの長寿は、血統の奥深さを感じさせるね。
9月7日に亡くなっていて、今日発表か。功労馬の死亡発表には少し時間がかかることもあるが、改めて感謝を伝えたい。14戦5勝、獲得賞金も1億6000万円を超えている。十分な成績だよ。
>>14
GIII時代の青葉賞でこれだけ稼いでるんだから、立派な孝行息子だったはず。西川富岡牧場分場のスタッフさんも寂しくなるだろうな。
もし現代の高速化した青葉賞にタヤスアゲインがいたら、どう走っただろう。サンデー×Caerleonなら今の軽い馬場でも2分23秒台で走れそうな気がする。
>>16
いや、流石に当時の2200m(※訂正:当時は2400m)の質とは違うよ。でも、タヤスアゲインの末脚の持続力は、今の青葉賞でも通用する武器だったのは間違いない。
>>17
1998年青葉賞は2400mで合ってるよ。2001年からGII格上げ。タヤスアゲインの時代はまだGIIIだったが、メンバーレベルは高かった。同期が凄すぎただけで。
>>18
そうなんだよ。あの年の3歳戦は怪物揃い。その中で青葉賞を勝つというのは、相当な実力が必要だった。柴田善臣騎手の冷静な手綱捌きも光っていた。
31歳まで生きたニュースを見て、久しぶりに当時の映像を見返した。良い馬だったな。サンデー産駒の走りの原点を見た気がする。
タヤスアゲインの死を単なる「老衰」と片付けるのではなく、サンデーサイレンス系がいかに日本の風土に適応し、長寿を保つほどの生命力を有していたかの証明として記憶すべき。これは今後のサンデー系功労馬の管理にとっても大きな指針になる。
>>21
同意。サンデー系は精神面の激しさが注目されがちだが、タヤスアゲインのように穏やかな余生を長く送れる馬も多い。西川富岡牧場の管理も称賛されるべきだ。
こういうニュースが出ると、改めてサンデー系のサイアーラインの太さを感じる。今やディープ、ハーツ、ステゴ、そしてキタサンと繋がっているが、その源流にいた一頭が今日まで生きていたというのが感慨深い。
山内厩舎の馬らしく、現役時代はいつも毛艶が良かった印象。31歳までその美しさを保っていたんだろうか。安らかに眠ってほしい。
青葉賞を勝つ馬は、その後に怪我をしたり大成しなかったりという「青葉賞の呪い」が囁かれた時期もあったが、タヤスアゲインは馬生としては大成功だったと言えるね。
>>25
ダービーは8着だったけど、その後の重賞戦線でも善戦していた。31歳、本当にお疲れ様。
ちなみに母タヤスブルームはフェアリーS勝ち馬。サンデー初期の配合としては、重賞馬同士の非常に期待値の高いものだった。それが31歳まで生きたというのは、血の力強さを物語っている。
引退レースが2001年の福島記念(12着)か。最後までタフに走り抜いた印象。今の3歳世代にもこういうタフな馬が出てきてほしいものだ。
サンデーサイレンスはケンタッキーダービー馬。その子が日本で青葉賞を勝ち、31歳まで生きた。この事実はアメリカの生産者にも伝えたいくらいだ。
ヨシトミさんもきっと寂しがってるだろうな。コンビで重賞を勝つというのは特別な絆だから。
結論として、タヤスアゲインの31歳での死亡は、サンデーサイレンス産駒の頑健さと、日本の育成・余生管理の質の高さを改めて世界に示すものとなった。1998年世代の誇りとして、彼の名は青葉賞の歴史に刻まれ続けるだろう。
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